島袋道浩:能登

2013年4月27日(土) - 2014年3月2日(日)

島袋道浩は世界中を旅しながら、人間の生き方やコミュニケーションのあり方に関する作品を制作してきました。本企画は能登特有の風習や産物に興味をもった島袋が能登を旅し、アーティストならではの視点で発見したことを元に新作を作り上げる、1年間の長期プログラムです。金沢を中心とした若い人たちに芸術活動参画の機会を提供する「金沢若者夢チャレンジ・アートプログラム」の第7弾として、4月より約28名のボランティア・メンバーが活動をしてきました。メンバーは作家と一緒に能登を訪れ、作家の作品制作に参加したり、メンバー通信『能登へ』を発行したりしています。展示を見てメンバー通信を読んだ人は、能登の魅力を感じるとともに、作家の能登への視点に触れることで、普段の身の回りの様々なものに対しても以前と少し違う視点を持つことができるでしょう。

内臓感覚 — 遠クテ近イ生ノ声

2013年4月27日(土) - 2013年9月1日(日)

内臓は太古からの生命の記憶・リズムが封入された器官と解剖学者の三木成夫(1925-87)は説き、我々の行動や感覚、こころの働きに及ぶ鋭い考察によって各方面に大きな影響を与えました。本展はこの視点に学びつつ、人間の諸感覚の中でもより原始的・根源的な「内臓感覚」を手がかりに、その内なる感覚に響き、語りかけ、新たな知覚の目覚めにつながる現代の表現を巡っていく試みです。

本展で取り上げる国内外13組の作家−ルイーズ・ブルジョワ、長新太、ナタリー・ユールベリ&ハンス・ベリ、加藤泉、草間彌生、アナ・メンディエータ、中川幸夫、サスキア・オルドウォーバース、オル太、ピピロッティ・リスト、志賀理江子、ビル・ヴィオラ、渡辺菊眞−は、絵画や彫刻、写真、映像、絵本、建築、インスタレーション、パフォーマンスなどの作品において、原初的な身体性と絡む感覚や意識、情動、あるいは身体の内軸である内臓と密やかに共鳴する自然の生命記憶を意識的/無意識的に捉え、作品において浮かび上がらせてきました。

2011年の東日本大震災および原子力発電所事故以降、放射能への我々の漠然とした不安、不快感に代表されるように、自然環境や社会経済システムの綻びや不安が現実となる今、個々の体の内部は何を感じ、何を発しているのでしょうか。本展において、来場者と作品との出会いの瞬間に生じ、交錯するであろう、あらゆる感覚や反応を手がかりとして、今に生きる我々が、自分と自分以外の存在の「遠くて近い生の声」に耳を澄まし、感じ、考える場となることを願います。

金沢21世紀美術館キュレーター 吉岡恵美子

ボーダーライン コレクション展 I

2013年4月13日(土) - 2013年7月15日(月)

未知のものに出会うときに感じる違和感、不安、恐怖。それは、ある種の境界がそこにあることを感じ取っているサインだ。私たちは共通の言語、身体的特徴、ルール、記憶を持つ人々を「内部」として、それに当てはまらない「外部」を知らず知らずのうちに区別し、内と外を分かつ境界を形成している。境界は、安全な内部を脅かす存在として時に外部を排除し、軋轢を生み出すが、同時に、内部と外部が交渉しながら新しいルールを見つけ出し、絶えず更新される流動的なものでもある。境界を介して、私たちは他者や世界という外部をどう捉えているのかを知ることができる。つまり、境界は内部を広げる可能性を秘めた領域であると言うことができるのではないだろうか。今年度コレクション展では、このような視点に立って、境界を「分断するもの」から「繋がり、広げるもの」として捉え直し、コレクション展Ⅰでは身体的境界、コレクション展Ⅱでは社会的・制度的境界に注目し、当館コレクションを展観する。

人間を含め、生命体は膜に覆われた内部を持ち、外部から物質を取り込んでエネルギーとして取り出して生命を維持している。複雑な器官を持つ私たちの身体においては、ある部分では内部は外部であり、別の部分では外部は内部となる。内と外が反転しながら拡張するかのような仕組みは、境界のあり方を示唆しているようである。コレクション展Ⅰでは、私たちにとって一番身近な身体を基本に据え、境界を通じて人間の存在性、世界との関わり方を探る。

金沢21世紀美術館キュレーター 米田晴子

フィロソフィカル・ファッション 1: FINAL HOME

2013年1月12日(土) - 2013年6月30日(日)

目まぐるしく移り変わる流行、それを支えるファストファッションの隆盛が顕著ないま、衣服の意味を問い直し、一貫したコンセプトでファッションを提案し続けるクリエイターを紹介するシリーズ「フィロソフィカル・ファッション」。その第一弾として、ファッションデザイナー津村耕佑によるプロジェクト「FINAL HOME」を取り上げます。

「家をなくしてしまったとき、人を最後にプロテクトするのは服になる」
— このコンセプトをもとに生まれたナイロンコートは、「究極の家」を意味する「FINAL HOME」と名付けられました。コートに備えられた多数のポケットに、新聞紙を詰めれば防寒着に、非常用グッズを入れれば避難着になります。

1994年の「FINAL HOME」誕生から現在までに、日本は、阪神・淡路大震災、東日本大震災という未曾有の災害に見舞われました。そして津村はファッションデザイナーとしての使命を軸に、ファッションと社会や環境との関係性を考察し続けてきました。

本展では、「FINAL HOME」の活動を通して、「衣服」そして「ファッション」の役割について考えます。