期間:
2026年5月23日(土)〜10月18日(日)
10:00~18:00(金・土曜日は20:00まで)
2026年5月23日(土)〜10月18日(日)
10:00~18:00(金・土曜日は20:00まで)
金沢21世紀美術館 展示室
1〜6、13
一般 450円(360円)
大学生 310円(240円)
小中高生 無料
65歳以上の方 360円
※( )内は団体料金(20名以上)
※当日窓口販売は閉場の30分前まで
月曜日(ただし7月20日、9月21日、10月12日は開場)7月21日、9月24日、10月13日
多くの作家たちの創作活動は、外の世界を観察するところから始まります。見たことのない場所の景色を表したり、身近な風景に新たな視点から光を当てる作品は、これまで人々の好奇心を刺激してきました。では、「歩く」という行為そのものに目を向けてみると、何が見えてくるでしょうか。散歩や登山、巡礼といった活動は、ある場所から別の場所への移動手段ではなく、自由な思考を促し、崇高なものへと接近してゆくための身体的なプロセスとなりえます。一方で、誰もがどこまでも自由に歩いてゆけるわけではありません。ある人がどこを歩くことができ、どこにとどまるのかは、その人の身体と、それが位置する社会の中で規定される政治的な側面を持っています。「歩く」という行為は、そのような状況に対する抵抗や抗議の手段としても使われてきました。こうした多層的な意味と機能を持つ「歩く」という行為は、芸術作品の中にもさまざまな形で見いだすことができます。
本展では、「歩く」あるいは「とどまる」という行為を切り口に、当館のコレクション作品を紹介します。展示される作品には、一歩を踏み出すという身体的な行為を起点に、外の世界を観察すること、思考や記憶の内側へと分け入ること、また、歩く人が位置する場所で生じる摩擦や関係性のなかで交渉する姿など、さまざまな「歩み」があらわれます。その際、歩くことと、とどまることは、対比的に捉えられるものではありません。歩行のなかには立ち止まりが含まれ、定住もまた、長い時間軸の中での一時的な滞留と考えれば、それらは速度とリズムの違う連続的な動きと捉えることができるでしょう。
歩く、とどまる、というシンプルな行為から、観察、抵抗、記憶や時間への思考といった、多様な態度へとつながるこれらの実践を通して、人と空間、そして社会との関係性を浮かび上がらせます。
村上 慧
日時:5月29日(金)19:00-20:00
会場:展示室4
料金:無料(要展覧会チケット)
日時:6月13日(土) 14:00〜、7月24日(金) 19:00〜、
8月21日(金) 19:00〜、9月26日(土) 14:00〜、
10月17日(土) 14:00〜
会場:展示室
日時:2026年6月20日(土) 11:00〜11:40
会場:金沢21世紀美術館 キッズスタジオ(授乳室前)
料金:無料
笠原恵実子
日時:2026年6月20日(土)14:00〜15:30
会場:レクチャーホール
料金:無料
青木千絵
陳劭雄(チェン・シャオション)
藤岡亜弥
笠原恵実子(ゲスト・アーティスト)
村上慧
ジュン・グエン=ハツシバ
蜷川実花
野口里佳
塩田千春
フィオナ・タン
柳瀬安里
イー・イラン
※藤岡亜弥作品・展示期間:2026年5月23日~8月2日
※蜷川実花作品・展示期間:2026年8月4日~10月18日
1971年埼玉県生まれ。1992年より写真作品の制作を開始し、1994年、日本大学芸術学部写真学科卒業。現在、東京都を拠点に活動。
歩くという行為が、目的地への移動手段としてではなく、その身体的な経験やプロセス自体に意味を見出すことができるのが登山でしょう。特に日本最高峰の富士山は、昔から霊山として知られ、そこを歩くことは、巡礼であると同時に観光でもありました。1997年から継続するシリーズ「フジヤマ」(英題:A Prime)に写し出されているのは、稜線を含む象徴的な富士山の姿ではなく、荒涼とした剥き出しの大地と雲海、そして点のように小さな人間の姿です。彼らはみな歩みを進める時の孤独を背中にまとっています。本シリーズについて作家は「素数(prime number)」つまり、それ以上分解できない数であり、「我々が共有する原風景、宇宙から降り立った人間が最初に見た風景」についての作品であると語ります。作家自身もその地を歩き、足元のゴツゴツとした岩肌や、異界へと続くような霧の中に薄光を感じることで、記号としての「フジヤマ」の奥にある「最も根源的な」風景を捉えようとしているようです。
前期:5月23日(土)〜8月2日(日)
1972年広島県生まれ。1994年に日本大学芸術学部写真学科卒業。台湾やヨーロッパへの旅を経て、2007年からニューヨーク(米国)に滞在、 2012年に帰国。現在広島および京都を拠点に活動。
《城の物語》は、20年以上にわたり、故郷である広島県呉市を舞台に撮影している写真シリーズです。さまざまに表情を変える風景からは、丘の上に建つオレンジ色の屋根の建物を撮影するために、季節や時間帯を変えながら故郷の町を歩いた軌跡が見て取れます。作家によると、町のどこからでも目に入る「城」 は、この地域の人々にとって人生の終わりを託す場としての側面を持つ老人養護施設だといいます。長く海外で生活してきた作家にとって、常に目に見える位置にありながら遠い存在であり、いつかはとどまる場所としての「城」が、汲み尽くしがたい対象としての故郷に重ねられています。
後期:8月4日(火)〜10月18日(日)
1972年東京都生まれ。写真家、映画監督、現代美術家。
《うつくしい日々》は、演出家の父・幸雄が亡くなるまでの1年半に撮影したシリーズです。看護や育児といった家族のケアと仕事の合間に作家が目にした、自然や街に暮らす人々の姿が、まぶしいほど美しく写し出されています。死の予感の中で、一つひとつの光景を丁寧に見つめるその眼差しは、父の視線と重なるように舞台へと向かい、最後には、次なる生命への繋がりが示唆されます。家族の死と向き合う特別な時間も、絶え間なく変化する生の営みの一部であるということが、生活の範囲内で、素直かつ巧みに捉えられており、作家の代名詞である極彩色の人工性や虚飾といった要素とは異なる形で生の輝きを表現した作品群です。
1981年岐⾩県⽣まれ。⾦沢美術⼯芸⼤学⼯芸科で漆芸を学ぶ。現在、⾦沢を拠点に活動。
「BODY」シリーズでは、溶けたような抽象性をもつ上半身に対し、足先は一本一本、爪の向きや角度に至るまで写実的に形作られています。身体の内部における力の拮抗や、緊張と弛緩の繊細な関係は、この抽象形態と精緻な描写とが緩やかに融合する造形によって実現されています。
自らの体をモデルに造形した原型に、麻布を貼り重ねる乾漆の技法を用い、手のひらで表面の凹凸を確かめながら、塗りと研ぎを幾度も繰り返す反復行為のなかで、作家は「素材と⾝体の感覚とが呼応し、内側に滞留する感情や感覚、⾔葉にならない感触が徐々にかたちへと定着していく」と語ります。
本作は、外界から身を守るように閉じつつ、重力に身を委ね、リラックスしたような姿勢をとっています。柔らかさと硬さ、透明性と不透明性とをあわせ持つ漆という素材と向き合い、身体の内側に働く複雑な力をかたちとして捉えようとする作家の探究を見てとることができます。
1962年広東省汕頭(中国)生まれ。コンセプチュアル・アーティスト集団「大尾象工作組」や「西京人」など、複数のアーティスト・コレクティブで活動。2016年北京にて逝去。
《インク・メディア》は、世界各地で起こった抗議活動の様子を、インターネット上の画像をもとに墨画として描き、アニメーション化した作品です。制作背景には、ソーシャルメディアの登場以降、加速度的に「ドラマティック」なイメージが切り取られて再編集され、実際の距離とは関係なく、見るものにとって身近な現実となるという状況があります。とりわけ国家による厳しい情報統制が敷かれる中国において、伝統的な素材である墨と、西洋美術のアカデミックなデッサンの手法によって描かれた本作は、抗議という表現活動だけでなく、その情報を伝えるメディアのあり方をも主題化しています。美術館が収集・保存することで、路上における活動の記録が時間の中で歴史的・美的価値を帯びてゆくことまでが、本作の射程に含まれています。
1993年埼玉県生まれ。2016年京都造形芸術大学芸術学部美術工芸学科写真コース卒業。
作家は、公共空間において特定の行為を行い、そこに居合わせた人々の反応を含めて映像に記録してきました。本作では、沖縄・高江のヘリパッド建設工事現場のフェンスに沿って、作家がある文章を暗唱しながら歩いています。やがて、抗議活動を行う人々や機動隊員が現れ、注意を呼びかけながら同行し始めますが、作家が朗読と歩行を止めることはありません。
読んでいるのは、エルフリーデ・イェリネクによる戯曲『光のない。』です。東日本大震災と原発事故を受けて書かれたこの戯曲では、「わたしたち」という主語が多用される一方、対話として成立することのない声が積み重なり、非常事態の混乱が表現されています。沖縄のフェンス沿いで発せられる「わたしたち」は、誰を指すのでしょうか。空間に引かれた境界線上を歩くことにより、異なる立場の声が交わることなく響くと同時に、沈黙も浮かび上がらせます。
1988年東京都生まれ。2011年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。現在、長野県、千葉県、東京都を拠点に活動。
大学卒業と同時期に発生した東日本大震災で、社会基盤のもろさに直面したことをきっかけに、「住み方を作る」ことを決意します。まず近所の複数の家をモデルに絵を描き、それをもとに自らが横になれるだけのサイズで発泡スチロール製の家を作り、それを担いで歩きながら生活をし始めました。「移住を生活する」というこのプロジェクトは、2021年までの7年間、歴代3つの家を使用して、全国で断続的に行われました。毎日描かれたドローイングと日記が、訪れる先々で土地の所有者と交渉しながら一時的な「居住」を繰り返した一部始終を伝えています。当館は、2015年から2018年まで暮らした家、敷地を写した写真、交渉を記録した映像、また、その期間に描かれた179枚のドローイングを所蔵しています。本展では、その一部に加え、2020年に金沢市から能登半島を歩いた際のドローイングと記録も合わせて展示します。土地や家を所有し、家から出かけて同じ家に帰るといった、私たちが当然のように行う「住み方」を、根本から問い直すプロジェクトです。
1968年東京都生まれ。日本人の母とヴェトナム人の父の間に生まれ、アメリカで美術大学を卒業後、1997年よりホーチミン(ヴェトナム)を拠点に活動し、現在、同地およびヒューストン(米国)拠点。 本作では、美しい海底を背景に、若者たちが水圧や水流にもまれながら、三輪自転車タクシー「シクロ」を引いて進もうとする姿が映し出されます。 20世紀のヴェトナムで庶民の足だったシクロは、作家にとって、急速な社会変化に翻弄される労働者を象徴するモチーフでもあります。これは、ヴェトナム戦争後、元兵士を含む失業者が身ひとつで生計を立てる手段となりましたが、1986年の市場経済導入以降は、バイクや車の普及によって路上での居場所を失っていきました。 呼吸のため何度も水面へ浮かび上がりながらゆっくりとシクロを進めていた人々は、やがてそれらを手放して去り、海底に沈む棺のような蚊帳が現れます。戦後、多くのボートピープルが命がけで国外脱出を試みたナ・トランの海底でシクロを進める行為は、海を渡る者、国内にとどまる者、政治や経済という大きな波に翻弄されながら生きようとしたあらゆる個人への鎮魂(メモリアル)です。
1971年コタキナバル(マレーシア)生まれ。ニュージーランド人の母とシノ・カダザン(先住民カダザン族と中国系との混血)の父を持ち、オーストラリアで教育を受ける。現在はクアラルンプール(マレーシア)を拠点に活動。
作家の複合的ルーツを背景に、東南アジアにおける歴史、政治、経済を批評的に作品にしてきました。「オラン・ブサール」シリーズは、ジャワ島の伝統的なろうけつ染め「バティック」と、写真のデジタル捺染技術を組み合わせた布の作品です。バティックは、1957年のマラヤ連邦独立以降、多民族から成る国家のアイデンティティを形成するため制度的に推進され、国民的衣装となりました。正装であるカイン・パンジャンでは、身につけた時に表にくる「ケパラ」という部分に描かれた象徴的な模様が、格や社会的な意味を示します。
「オラン・ブサール」(直訳で「大きな人」)は、東南アジアにおいて、支配階級と労働者階級の中間で、経済的・政治的影響力を持つ人物を指します。「寄生的な」ベンガル菩提樹、「不機嫌な」オジギソウ、「肉食性の」ウツボカズラというモチーフが、スルタンを象徴する黄色の布地に描かれ、権力構造にいる人々の姿として隠喩的に表されています。作家は、「伝統的」なバティックを媒体に、同地における複層的な支配の物語を描いています。
1966年、プカンバル(インドネシア)で中国系インドネシア人の父とオーストラリア人の母の間に生まれ、オーストラリアで教育を受けた後、1988年オランダに移住。アムステルダムの国立美術学校で学び、現在、同地を拠点に活動。
世界各地に離散した自身の親族を追うドキュメンタリー・フィルムで1997年に注目されて以降、写真や映像といったイメージと物語を主な媒体として、残された記録と、個人的・集団的記憶との関係を探求してきました。本作は、二つの類似した風景の中に、年齢の異なる二人の女性が登場し、それぞれの静かな生活が映されます。睡眠や入浴、散歩といった日課の中に、触覚を通じて記憶し、想起するようなジェスチャーが挿入され、二人のいる空間と時間が交錯する複雑な時間の流れが現れます。
タイトル「ライズ・アンド・フォール(=上昇と下降)」とは、個別に見ると相反する動きですが、一つの物体に連続して起こる現象として捉えれば、本作における二つの映像の関係と重ねて考えることができます。そして、水の複雑な動きが示唆するのは、過去と現在が相互に影響し合いながら、渦を巻くように絶えず変化しているという、記憶における時間のあり方です。映像を通じて、人の記憶とイメージとの関係性を考察する、作家の実践をよくあらわす作品です。
1963年東京都生まれ。多摩美術大学大学院美術研究科修了後、1995年から2014年までニューヨーク(米国)を拠点にし、現在は、東京都を拠点に活動。
社会的・政治的テーマをミニマルな造形言語で表現してきました。本展では、現在まで10年以上にわたり継続されてきたプロジェクトを紹介します。作家は、近代における植民地化と関係するシベリア鉄道(TSR)、アメリカ大陸横断鉄道(TCR)、旧南満州鉄道(SMR)、旧ドイツ国鉄(DR)の線路を訪れ、そこを通過する列車によって様々な硬貨を潰すというアクションを行ってきました。これらの鉄道は、人や資源を運び、都市の発展を支えた一方で、越境や侵略と深く関わり、多くの犠牲も生み出しました。潰れた硬貨は、鉄道に象徴される巨大な力を前にした個人の非力さを想起させます。一方、子どものいたずらのような行為によって変形し、貨幣としての価値を失って唯一無二のオブジェとなったそれらは、個人のささやかな介入が既存の価値や構造に変容をもたらす可能性も示しています。歴史的、地勢的な背景への関心を元にフィールドリサーチを積み重ねながらも、芸術の可塑的な力を核とした表現により、既存の価値体系に別の視点を与える点に作家の批評性があります。
1972年大阪府生まれ。1996年にドイツに渡り、ブラウンシュバイク美術大学でマリーナ・アブラモヴィッチに、ベルリン芸術大学でレベッカ・ホルンに師事。現在、ベルリン(ドイツ)を拠点に活動。
古い衣服や鍵など、かつて身につけた人の記憶を宿す物を作品のモチーフとしてきた作家が、活動拠点のベルリンという街の記憶に焦点を当てたのが《記憶の部屋》です。本作は、ベルリンの壁周辺、旧東ベルリン側で使われていた窓により構成されています。これらは、窓を「越えられない境界線としての皮膚」のように感じた作家が、数年にわたりこの地域の建物の解体現場に通って集めたものです。ベルリンの壁が、崩壊後も街に分断の傷を深く残したのに対し、建物から取り外された窓は、生活の中で使った個人の痕跡を微かに刻む儚い皮膚片に近いといえるでしょう。それらの集積である本作は、壁という構造物に似て非なる、個人の記憶の層のようなものです。
金沢21世紀美術館[公益財団法人金沢芸術創造財団]
OMO5金沢片町 by 星野リゾート
北國新聞社